東京地方裁判所 平成元年(ワ)3308号 判決 1990年4月24日
原告 破産者株式会社ジャスコ破産管財人 福嶋弘榮
被告 株式会社タツミ商店
右代表者代表取締役 巽将督
右訴訟代理人弁護士 大平恵吾
被告 株式会社 棒二森屋
右代表者代表取締役 荻野清
主文
原告と被告らとの間において、原告が別紙債権目録記載の債権を有することを確認する。
被告株式会社棒二森屋は、原告に対し、原告から別紙手形目録記載一の手形の交付を受けるのと引換えに金二〇〇〇万円、同目録記載二の手形の交付を受けるのと引換えに金三〇〇〇万円を支払え。
原告の被告株式会社棒二森屋に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告株式会社タツミ商店との間に生じたものは同被告の負担とし、原告と被告株式会社棒二森屋との間に生じたものは原告の負担とする。
事実
第一、原告及び被告株式会社タツミ商店(以下「被告タツミ」という。)の申立
一、請求の趣旨
1. 主文第一項と同旨。
2. 被告株式会社棒二森屋(以下「被告棒二」という。)は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成元年五月一一日から支払い済まで年六分の割合による金員を支払え。
3. 訴訟費用は被告らの負担とする。
4. 仮執行の宣言
二、請求の趣旨に対する被告タツミの答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、原告及び被告タツミの主張
一、請求原因
1. 破産者株式会社ジャスコ(以下「破産会社」という。)は、昭和六三年九月二二日午前一〇時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に就任した。
2. 被告棒二は、昭和六三年七月二二日、破産会社に対し、別紙手形目録記載の約束手形二通(金額合計金五〇〇〇万円)を振出し交付した(この約束手形二通を総称して、以下「本件手形」という。)。ところが破産会社は、その後本件手形を紛失したため、同年八月八日、函館簡易裁判所に対し、本件手形の公示催告の申立をした。
3. 破産会社は、昭和六三年八月初旬ころ、被告タツミに対し、本件手形の原因債権である別紙債権目録記載の債権(以下「本件債権」という。)を、本件手形の除権判決が確定することを条件として譲渡し、同月二二日付内容証明郵便をもって被告棒二に対し、その旨の通知をし、同通知はそのころ同被告に到達した(この債権譲渡を、以下「本件債権譲渡」という。)。
4. 本件債権譲渡には、次のような破産法七二条四号、一号所定の否認事由があるので、原告は、本件債権譲渡について否認権を行使する。
(一) 破産会社は、昭和六三年八月三一日第一回の手形不渡りを出して取引停止となった。本件債権譲渡は、破産会社の支払停止から三〇日以前になされた、債務の消滅に関する行為で破産会社の義務に属しないものである。
(二) 破産会社は、破産債権者を害することを知りながら本件債権譲渡をしたものである。即ち、当時破産会社の代表取締役であった内田元らは、破産会社の経営状態がきわめて悪化していたため、その支援を求めて奔走していたものであり、本件手形は破産会社の七月の資金繰りの予定に組み込まれていたもので、これを紛失したことによって一層経営状態が悪化し、倒産の原因の一つとなり、また昭和六三年八月一三日被告タツミから破産会社に対して支援打切りの通告があり、破産会社の状況は益々悪化し、同月二八日には破産会社の債権者集会が開かれたが、翌二九日には債権者の支援を受けられないことが明確になり、同月三一日第一回の不渡りを出し、取引停止処分となったものである。一方、被告タツミの代表者巽将督(以下「巽」という。)は、昭和六二年八月六日破産会社の取締役に就任し、また昭和六三年二月一日からは同被告の従業員藤田勝己(以下「藤田」という。)が、経理部長として破産会社に出向しており、被告タツミは、破産会社の経営状態、経理の状況を熟知していたものである。
5. よって、原告は、本件債権譲渡について否認権を行使し、被告らに対し、原告が本件債権を有することの確認を求め、被告棒二に対し、本件債権金五〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の後である平成元年五月一一日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する被告タツミの認否
1. 請求原因1、2の各事実は認める。
2. 同3の事実のうち、本件債権譲渡が昭和六三年八月初旬ころなされたことは否認し、その余は認める。本件債権譲渡は昭和六三年七月三一日以前になされたものである。
3. 同4(一)の事実のうち、破産会社が昭和六三年八月三一日第一回の手形不渡りを出して取引停止となったことは認め、その余は否認する。
同4(二)の事実のうち、破産会社の債権者集会が昭和六三年八月二八日開かれたこと、破産会社が同月三一日第一回の不渡りを出し取引停止処分となったこと、藤田が昭和六三年二月一日から経理部長として破産会社に出向したことは認め、その余は否認する。
4. 同5は争う。
三、被告タツミの抗弁及び反論
被告タツミは、破産会社から本件債権譲渡を受けた際、破産債権者を害することを知らなかった。被告タツミは、破産会社に対して昭和六三年六月末ころ、支払期日の到来した破産会社振出の約束手形の支払いについて、破産会社から、同年七月一五日ころまでには被告棒二から売掛代金の支払いがあるので、その支払いがあるまで待ってほしいと頼まれて、同年七月一五日付の先日付の小切手二通の振出交付を受けた。ところが破産会社が、被告棒二から支払いのために交付を受けた本件手形を紛失したために、やむなくその除権判決の確定を条件に本件債権譲渡を受けたものであって、その債権は当初から被告タツミの債権の引当となっていたものである。
四、抗弁に対する原告の認否
1. 被告タツミの抗弁について
抗弁事実は否認する。
2. 被告棒二の抗弁について
被告棒二の抗弁のうち、被告棒二が破産会社に対し本件債権の支払いのために、本件手形を振出し交付したものであることは認める。
函館簡易裁判所は、平成元年五月一一日、本件手形を無効とする旨の除権判決をしたので、原告は本件手形上の権利を行使することができ、被告棒二には二重払の危険はないものであるから、すでに無効となった本件手形との引換えを求める必要はない。原告は、右同日被告棒二に対して、右除権判決を示して、本件手形の支払いを求めたが、同被告はこれを拒絶した。
第三、被告棒二の申立及び主張
被告棒二は、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた答弁書には、次のような記載がある。
一、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2の事実のうち、被告棒二が昭和六三年七月二二日、破産会社に対し本件手形を振出し交付したことは認め、その余は不知。被告棒二の破産会社に対する買掛金債務は右金額以外には存在しない。
3. 同3の事実のうち、破産会社が昭和六三年八月二二日付内容証明郵便で、被告棒二に対し、破産会社が被告タツミに対して本件手形の原因債権である本件債権を、本件手形の除権判決が確定することを条件として譲渡した旨の通知をし、同通知がそのころ被告棒二に到達したことは認め、その余は不知。
4. 同4の事実は不知。
5. 同5は争う。
三、抗弁
被告棒二は、破産会社に対し、本件債権の支払いのために、本件手形を振出し交付したものであるから、本件手形が交付されるまでは、右債権の支払いを拒む。
第四、証拠<省略>
理由
一、書証の成立について<省略>
二、争いのない事実関係等
破産会社が昭和六三年九月二二日午前一〇時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に就任したこと、被告棒二が昭和六三年七月二二日、破産会社に対し、本件手形を振出し交付したこと、破産会社が同年八月二二日ころ到達の内容証明郵便をもって被告棒二に対し、破産会社が被告タツミに対して本件手形の除権判決確定を条件として本件債権を譲渡した旨の通知をし、そのころ被告棒二に右通知が到達したことは、当事者間に争いがない。
そして、<証拠>を総合すると、破産会社は、被告棒二から本件手形を受領した後本件手形を紛失したため、同年八月八日、函館簡易裁判所に対し、本件手形の公示催告の申立をしたこと、破産会社は右公示催告の申し立てに先立ち被告タツミに対し本件手形の除権判決確定を条件として本件債権を譲渡したことが認められ(以上の事実は原告と被告タツミとの間では争いがない。)、右認定を左右する証拠はない。
三、原告は本件債権譲渡が破産債権者を害するものであるとして、否認権を行使すると主張するので、この点について判断する。
前記掲記の事実に、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
1. 破産会社は、昭和四一年三月、亡斉藤守が中心となり、資本金一〇〇万円(昭和五二年以後一五〇〇万円)で設立されたもので、衣料品、食糧品、日用雑貨等(昭和四五年には宝石、装身具類等を追加)の製造、販売等を業務とする旨定款に定められていたが、その主たる業務は宝飾品の販売で、その販売方法は、全国各地のデパート等の取引先での宝飾品販売の催事に出店し、問屋などの取引先から買受け又は委託を受けた商品を消費者に販売し、その販売した宝飾品をデパートに対する売上とする、いわゆる催事販売と呼ばれるものであった。破産会社は、四〇余りの問屋、メーカーから商品を仕入れ、九州、東北、北海道等のデパート等で催事販売をし、また長野県上田西武、熊本県の鶴屋に常設販売コーナーを構えて販売にあたっていた。
2. 破産会社の業績は芳しくなく、近年は毎年赤字続きであったが、粉飾決算によりこれを糊塗していたところ、昭和六二年七月オーナー社長である斉藤守が急死したことから、同年八月専務取締役であった内田元が社長となり、その態勢建て直しのため、宝飾品等の年間仕入れ額が約一億円余の大口取引先である被告タツミに応援を求めた。そして、破産会社は、被告タツミの求めにより、昭和六二年九月同被告にあてて支援要請書を差し入れ、①一億円を限度とする資金援助、②被告タツミ社長の破産会社取締役就任、③経理部門担当者の派遣を求めた。これに対して被告タツミは、内田らの包括根保証やその自宅への根抵当権設定、派遣経理部長への銀行取引印管理を求めたうえで、破産会社に対して、昭和六二年九月三〇日ころ金五五〇〇万円、同年一二月二九日ころ金六〇〇〇万円の各融資を行い、取引銀行である第一勧業銀行から経理関係の専門的知識を有する藤田を同被告経由で破産会社に出向して貰うこととし、藤田は昭和六三年二月一日から破産会社の経理部長として勤務した。破産会社は、被告タツミに対し、藤田の給料を支払っていた。なお、破産会社は、被告タツミからの右借受金五五〇〇万円については昭和六三年二月までに返済をしている。
また、破産会社は、昭和六二年九月、巽が破産会社の取締役に就任したとして、その旨の挨拶状を取引先等に配付したが、その選任登記はなされていない。
3. 破産会社の業績は、その後も芳しくなく、高利の金融業者からも借金をし、手形の決済資金に充てて、その場を凌ぐ状態であった。
破産会社は、被告タツミに対し、昭和六三年六月末に期日の来る被告タツミ宛の手形金六〇〇〇万円(前記融資金の残金二〇〇〇万円と買掛金債務)の決済を同年七月一五日ころまで延期するように依頼し、同日を振出日とする先日付の小切手二通(金額合計金六〇〇〇万円)を差し入れて、右手形と差し替えた。破産会社としては、その差し替え当時、函館市内に本店を構えるデパートである被告棒二(昭和一一年設立で資本金六億円の株式会社であることは本件記録上明らかである。)からの売上金として五、六〇〇〇万円のほか、同月一五日ころまでには他のデパートからの売上金として二、三〇〇〇万円合計七、八〇〇〇万円位の収入を見込んでいた。ところが、被告棒二からは予想最下限の五〇〇〇万円の売上入金しかなく、その他のデパートからの売上金も予想を下回るものであったため、七月末に支払期日の到来する手形その他の債務(被告タツミの右六〇〇〇万円を含めて少なくとも金二億五〇〇〇万円以上)の弁済資金が月当初の予想をはるかに超えて不足する事態となった。しかも破産会社は、同月二二日被告棒二から本件債権の弁済のために本件手形を受領したが、同月二五日ころ、これを本社に輸送する途上で紛失したことが判明した。そこで、破産会社は、本件手形について除権判決を得るための手続きの準備をする一方、同月末ころにはその資金繰りのため、同月末に弁済期日の到来する短期借入金七九三〇万円(城南信用金庫、中央信用金庫、株式会社西原商事の三か所)及び手形金二五〇〇万円(株式会社牧田商会と株式会社保土田商店の二か所)などについて、各債権者に対し、期日の二、三か月延期を頼み込んだほか、株式会社西原商事から、取引先に対する弁済資金として金三〇〇〇万円の新規貸付けを受けて比較的小口の債権者に対する弁済資金を確保するなどして、どうにか急場を凌いだ。なお、この七月末に現実に弁済した債権は、被告タツミの他の債権一四一二万円余(金額一〇〇〇万円と四一二万円余の二通の手形)を除くといずれも債権額一〇〇〇万円以下のものばかりであった。
4. このような中にあって、被告タツミは、昭和六二年七月末ころ、支払手形一四一二万円余の支払いを受けたほか、破産会社に対し、前記小切手の支払いのために、破産会社の被告棒二に対する本件債権の譲渡を求めた。これに対し、破産会社は、八月以降に弁済期の到来する債務の弁済のためには、被告タツミから多額の援助を求める以外には確実な方法がなく、その援助を求める手前もあって、被告タツミからの申出に応じ、右小切手金五〇〇〇万円の支払いのために、被告タツミが予め作成して破産会社に持ち込んだ同月三一日付停止条件付債権譲渡契約書に、藤田が内田の決済を得て、これに代表社印を押捺して同被告に交付し、藤田は、破産会社の帳簿の被告タツミからの短期借入金の頁に、被告タツミからの借入金二〇〇〇万円について、同月三〇日債権譲渡による相殺として支払いずみである旨記載した。そして、破産会社は、同年八月八日ころ、函館簡易裁判所に対して、本件手形について振出人である被告棒二発行の振出証明書、本件手形の輸送を担当した日本通運株式会社発行の事故証明書及び函館中央警察署長作成の遺失届出受理証明書を添付のうえ、本件手形について公示催告の申立を行い、また同月二二日付書面により被告棒二に対して本件債権譲渡の通知をした。
なお、被告タツミは、昭和六三年八月三日までは、反復継続して破産会社に商品(一品あたりの委託原価が数万円から数十万円で、特に数百万円の宝飾品)を納入して販売委託をしていたが、それ以降は商品の納品はなく、また、同月五日以降には、金額四万円のもの一件を除き売上は全く無かった。
5. 破産会社は、昭和六三年七月に弁済期の到来する債務の処理をどうにか終えた段階で、同年八月末(その大部分が三一日)に弁済期の到来する債務のうち金融機関以外の債権者に対するものだけでも約二億七〇〇〇万円、同年九月から一二月までのそれは約三億円にも及ぶのに、その決済資金の手当てがつかず、金融機関からの融資の確実なあてもなかった。そこで、破産会社の内田社長は、かねてから同年八月の資金繰りが苦しいことを訴えておいた被告タツミから一億円の融資を得ることができれば、金融機関からの融資の可能性もでてくるので、とりあえず八月分の手形決済の目処が立つものとして、同年八月初めころ、同被告にその旨の支援を要請したが、同月一三日ころ、同被告から、累積赤字の額が大きすぎるとしてこれを断られた。
一方、破産会社は、倒産を回避するために、昭和六三年五月ころから後援者を求め、更にその経営権をまるごと他に譲渡することをも企図して、その譲り受けの交渉も並行して行っていたが、結局これも実現しなかった。
こうして、破産会社は、昭和六三年八月末の債務決済の日(その大部分が三一日である。)が近づいたが、その原資としては、デパートからの三、四〇〇〇万円程度の売上金しかなく、数億円の不足が明らかとなっていたので、同月二八日債権者集会を開いて各債権者に弁済猶予及び期日延期を頼み、各債権者も一旦は、同月三一日に期日の到来する手形の支払い延期を了承し、その他の支払いのために要する二、三〇〇〇万円の費用については、被告タツミが破産会社からこれに見合う商品の引渡を受けるのと引換えに、三〇〇〇万円の手形貸付を行うこととなった。しかし、翌日になって、一部の債権者から商品の供給や手形のジャンプには協力できない旨通告され、翌月のデパートでの催事への出店もできなくなるなどしたため、結局破産会社は、手形の決済資金を調達できないまま、同月三一日に第一回の不渡りを出して支払いを停止し、同年九月二二日、自己破産の申立により、破産宣告を受けた。
6. 原告が作成した破産会社の破産宣告当時の貸借対照表によると、その資産は総計約九九〇〇万円、負債が総計約一七億一〇〇〇万円であり、その財産目録によると、主だったものとして、預金債権が約一億二〇〇〇万円(但し、借入金が二億七〇〇〇万円で大部分が相殺の見込み。)、受取手形が約一四〇〇万円、売掛金が約四二〇〇万円(評価は三四〇〇万円)、貸付金が三〇〇万円、在庫商品が簿価で約一億八〇〇〇万円(評価額で三六〇〇万円)、不動産が簿価で八九〇〇万円(被担保債権で四億円を超えており、別除権の対象となっているものや売却見込みの立たない原野などのため、評価は零。)、敷金が約五〇〇万円(現状回復費用を控除して約三〇〇万円の評価。)、異議申立提供金約一四〇〇万円(借入金と相殺見込みのため評価は零。)、什器備品が約一〇〇万円、有価証券が約一〇〇万円(評価は五〇〇万円)となっている。
以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。なお、破産会社の被告棒二に対する昭和六二年七月分の売掛代金債権が五〇〇〇万円を超えて存在するものと認めるに足りる証拠はない。
四、まず、破産法七二条四号の否認事由の有無について検討する。
原告は、本件債権譲渡は破産会社が支払停止をした昭和六三年八月三一日の三〇日内になされたと主張し、甲第六号証、証人内田元の証言中にはこれに沿う部分、即ち本件債権譲渡は昭和六三年八月初めになされたもので、同年七月中は、資金繰りに奔走していたためそのような話をした覚えはないとの部分があるところ、確かに破産会社は、七月の資金繰りの忙しい中を、未だ公示催告の申立さえしていない時に、急ぎ除権判決の確定を条件とする債権譲渡契約をしつつ、その債権譲渡通知は三週間以上後になって漸く行っている等、その行動の緩急がちぐはぐであり、他方、債権譲渡契約書の日付は八月三一日に弁済期の来る多額の手形債務の支払日の三一日前の日曜日である七月三一日とされているが、証人内田元、同藤田勝己の各証言によっても七月三一日の日曜日に破産会社が債権譲渡をしたものではないことが認められるなど、七月中に本件債権譲渡がなされたとするのには、いささか疑問がないわけではないが、前記のとおり、破産会社の帳簿上、被告タツミに対して七月三〇日付で被告タツミに対する債務と相殺済として本件債権譲渡の事実が記載されていることなどの前記認定の事実関係に照らすと、その債権譲渡が七月三〇日ころになされたものとは言えても、原告の主張に沿う前記のような証拠だけでは、本件債権譲渡が八月初めになされたものと断定するには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
よって、破産法七二条四号を理由とする否認権行使の主張は理由がない。
五、次に破産法七二条一号の否認事由の有無について検討する。
前記認定事実によれば、①破産会社は、昭和六三年七月末ころ、総額二億五〇〇〇万円以上の債務の決済に直面したが、その決済に供しうる収入は月当初の予想を下回って本件手形金を含めたせいぜい七、八〇〇〇万円にすぎなかったため、少なくとも五か所の債権者に一億円以上の債務の弁済の延期を頼み込むだけでは足りず、更に三〇〇〇万円もの資金を新たに借り受け、被告タツミに対する総額一四〇〇万円余のもの以外は、金額一〇〇〇万円以下の比較的小口の債務のみ弁済したこと、②破産会社は、金融機関に対する債務を除いても、昭和六三年八月末には約二億七〇〇〇万円、同年九月から一二月までに約三億円の債務の弁済期が到来するのに、その決済資金の具体的なあてはなく、八月分については、商品売掛金として三、四〇〇〇万円位の収入が見込まれる以外には格別の収入もなく、債務の決済資金は被告タツミからの融資及びこれを前提とする金融機関からの更なる借入と債権者に弁済猶予を懇願する以外には殆どなすすべもなかったものであるが、破産宣告当時の破産会社の財産状況からみて、通常の金融機関からの借入については、預金を上回る相殺予定の借入金や不動産につけられた担保権のためその財産的価値が零と評価せざるを得ないほどであって、極めて期待薄と思われ、被告タツミからの多額の援助も、破産会社の累積債務の莫大さからして、客観的に見込みの乏しいものと言うべきものであったこと、③破産会社の破産宣告当時の主だった財産は、預金債権が約一億二〇〇〇万円(但し、借入金が二億七〇〇〇万円で大部分が相殺の見込み。)、受取手形が約一四〇〇万円、売掛金が約四二〇〇万円、貸付金が三〇〇万円、在庫商品が簿価で約一億八〇〇〇万円(評価額で三六〇〇万円)、不動産が簿価で八九〇〇万円(被担保債権で四億円を超えており、別除権の対象となっているものや売却見込みの立たない原野などのため、評価は零。)、敷金が約五〇〇万円(現状回復費用を控除して約三〇〇万円の評価。)、異議申立提供金が約一四〇〇万円(借入金と相殺見込みのため評価は零。)、什器備品が約一〇〇万円、有価証券が約一〇〇万円(評価は五〇〇万円)となっていたものであるが、破産宣告の二月弱前である昭和六三年七月末当時の逼迫状況からみて、預金債権や異議申立提供金が金融機関からの借入金の額を下回り、不動産価格がその担保権の被担保債権額を下回る状況には変わりはないものと推定され、また破産会社の営業実体のほか、当時の月額収入及び各月に支払うべき債務額からみてその受取手形金額、売掛金、貸付金、在庫商品額等の資産については、倒産前後に一般的に生ずることの多い混乱を考慮しても、破産宣告時の資産とその二月弱前のそれとの間には、一億円、二億円といった大きな差異が生じていたものとは思われず、結局金融機関に対する債務を除いた八月以降の債務として約五億七〇〇〇万円の債務を抱えていながら、会社の有する実質資産(金融機関に対する債権担保となっているものと思われる預金債権、異議申立提供金、不動産を除いたその他の資産)はこれを大幅に下回るものしかなく、その資産価値は破産宣告当時でせいぜい一億円程度(在庫商品を簿価で評価したとしても二億五〇〇〇万円程度)であるから、昭和六三年七月末ころでも、これに一億円なり二億円を加えた程度を超えるものではなかったものと考えられること、これらの事情に加えて、破産会社の業績不振が慢性的に続いていた様子からしても、破産会社は、昭和六三年七月末当時、他からの融資や弁済猶予で多少の時間を稼いでみたところで、その債務を弁済する資力に欠け、早晩倒産は必死であったものと言うべきである。
こうした事実関係に照らすと、破産会社は、昭和六三年七月末ころは、一〇〇〇万円以下の債権の一部についてのみ弁済をするのがせいぜいで、累積債務を弁済する資産もなく、その弁済のための資金的手当てを施す具体的展望に欠け、一〇〇〇万円を超える大口債権者を初めとする大部分の債権者には期日の延期等を懇願して延期をしてもらっていたが、早晩倒産必死というべき資産状況にあって、多額の債権の弁済期の到来する三二日前である同月三〇日ころに、総額二〇〇〇万円及び三〇〇〇万円合計五〇〇〇万円というその月の収入の半分以上を占める多額の債権、しかもデパートに対する売掛債権という回収確実性の高い債権で、紛失した約束手形の除権判決の確定という条件が付せられているためその成就に多少の期間を要するとはいえ、公示催告手続上の資料も完備しており、条件成就それ自体としてはまず問題のないと思われる債権を、その資産から全額を逸出させてまで被告タツミに債権譲渡すべき相当な理由は見出しがたい。結局破産会社が本件債権をそのまま全部被告タツミの債権の弁済に充てるために譲渡したことについては、破産会社の有力スポンサーの立場にあった被告タツミから八月に一億円の資金援助を仰がなければ倒産の危機に直面していたため、被告タツミからの資金援助をスムーズに実現するために敢えて、被告タツミからの債権譲渡の申入れに応じたものと考えられるのであって、そうであれば、破産会社は、他の債権者を害することを知りながらあえて本件債権譲渡を行ったものと推認するのが相当である。証人内田元の証言中、これに反するような趣旨の部分は、前記認定の事実関係に照らし採用できない。
なお、被告タツミは、破産会社は被告棒二に対する売掛金が昭和六三年七月一五日ころに入金する予定だったので、当初からこれを被告タツミの債権の弁済に充てる予定で、昭和六三年六月末に弁済期の到来した破産会社振出の手形を先日付の小切手に差し替えたが、破産会社がこれを紛失したため本件債権譲渡に至ったに過ぎず、当初から右債権は被告タツミの債権の引当となっていたと主張し、証人内田元、同藤田勝己、同油井鎮一の各証言中にはこれに沿う部分があるが、破産会社の資金繰りが慢性的に悪化していた中で、昭和六三年七月に入って、同月の売掛代金収入が当初の予想を下回るものであり、このため急遽新たな借入を起こすなどして同月末の手形等決済に備えたことは前記認定のとおりであるから、たとえ昭和六三年六月末当時に本件債権を被告に対する弁済の引当として予定していたとしても、同年七月に入ってからの破産会社の資金繰り悪化という状況の変化のもとにおいては、本件債権譲渡が破産債権者を害するものであり、破産会社においてこれを承知していたとの前記認定を左右するものとはいえず、他にこれを左右する証拠はない。
六、すすんで抗弁について判断するに、証人油井鎮一の証言中には抗弁事実に沿うような部分もあるが、被告タツミは昭和六二年九月ころ破産会社の依頼に基づき、調査のうえ約一〇か月にわたって資金援助をしてきた大口債権者であり、取引銀行の社員を自社を経由してわざわざ経理部長として出向させていたこと、被告タツミは昭和六三年七月中に本件債権譲渡によって、六〇〇〇万円の債権のうち五〇〇〇万円についてはとりあえず回収可能な状態としたうえで、同年八月四日以降は破産会社との取引を殆ど手控える一方、同月一三日には破産会社からの一億円の融資依頼を拒絶していることは前記認定のとおりであって、これらの事情に照らすと、被告タツミにおいて、本件債権譲渡の当時、破産会社の前記のような資金不足状況はこれを承知していた可能性が高いものと言うべきであって、結局前記証拠によっても未だ被告タツミが本件債権譲渡の当時それが破産債権者を害することを知らなかったと認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
以上の認定によれば、本件債権譲渡は破産法七二条一号に該当するものであるから、これを理由とする原告の否認権の行使は正当であり、その結果、本件債権は破産会社の破産財団に帰属するものであるから、破産管財人である原告がその債権を有することの確認を求ある請求は理由がある。
七、次に、原告の被告棒二に対する支払い請求について判断する。
原告が本件債権を有することは前記認定のとおりである。
そして、被告棒二が破産会社に対し、本件債権の支払いのために、本件手形を振出し交付したことは当事者間に争いがなく、同被告は、本件債権の支払いについては本件手形の交付と引換え給付とすることを求めている。
これに対して原告は、本件手形は既に除権判決によって無効とされているから被告棒二には二重払の危険はないと主張する。そして、甲第二号証によれば、函館簡易裁判所は、平成元年五月一一日本件手形について除権判決をしたことが認められる。
しかしながら、本件手形に関する除権判決は、将来に向かって本件手形を無効とする一方、破産会社の承継人である原告に対し手形所持人としての形式的資格を回復するに過ぎず、除権判決前に本件手形の交付を受けて、その手形上の権利を善意取得した者がある場合に、その善意取得者の権利までをも剥奪する効力を有しないものである。従って、本件手形上の権利が消滅時効によって消滅しているなどの特段の主張立証のない本件においては、本件手形を所持する善意取得者から、その支払呈示を受けて手形金の請求を受ける可能性があり、その場合には振出人である被告棒二としてはこれを拒絶できないものである以上、除権判決の存在から直ちに、手形振出人である被告棒二に二重払の危険が無くなるものとは言えない。それゆえ、被告棒二が本件債権を弁済するにあたっては、その弁済のために破産会社に対して振り出した手形の返還を求める利益があり、その支払いと手形の交付とは引換えに行われるべきものであるから、引換え給付の抗弁は理由がある。
そして、本件債権の支払いのために振り出された本件手形の交付の提供について何らの主張立証のない本件においては、被告棒二は未だ遅滞には陥ってはいないものであるから、これに対する遅延損害金を求める請求は理由がない。
八、以上の次第で、原告の本件各請求は、被告両名に対して原告が本件債権を有することの確認を求める部分は全部、被告棒二に対しては本件手形と引換えに本件債権の支払いを求める限度で理由があるから認容し、被告棒二に対するその余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九二条ただし書、八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤陽一)
<以下省略>